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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1494号 判決

昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人

同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人

(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件原告

第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告)

矢野雅之

昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人

同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人

(第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告)

株式会社 松屋

右代表者

矢野幸子

右両名訴訟代理人

安藤良一

昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人

同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人

(第一審昭四八年(ワ)第九、八七四号事件被告

第一審昭五〇年(ワ)第七、二〇〇事件原告)

有限会社湘南興産

右訴訟代理人

萩秀雄

中村博一

主文

一  昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件被告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件原告)有限会社湘南興産の本件控訴を棄却する。

二  昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人ら・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人ら(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件原告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告ら)の本件控訴に基づき原判決主文二、三項を左のとおり変更する。

(1)  昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件被告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件原告)有限会社湘南興産が昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件原告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告)矢野雅之との関係において右当事者間の東京地方裁判所昭和四八年(借チ)第三、〇三一号土地賃借権譲渡許可申立事件に係る申立てを認容する裁判が確定したときは別紙第一物件目録記載(三)の土地につき賃借権を有することを確認する。

(2)  昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件被告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件原告)有限会社湘南興産の昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件原告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告)矢野雅之に対するその余の請求及び昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人(第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告)株式会社松屋に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件原告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告)矢野雅之の負担とし、その余を昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件被告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件原告)有限会社湘南興産の負担とする。

事実

昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人ら・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人ら(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件原告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件被告ら)訴訟代理人は、昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件につき、「(1)原判決中昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件被控訴人矢野雅之(以下単に「矢野雅之」という。)及び同株式会社松屋(以下単に「松屋」という。)敗訴部分を取り消す。(2)昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人有限会社湘南興産(以下単に「湘南興産」という。)は、矢野雅之に対し別紙第二物件目録記載(二)の建物(以下単に「本件(二)の建物」という。)を収去して別紙第一物件目録記載(三)の土地(以下単に「本件(三)の土地」という。)を明け渡し、且つ、昭和四八年九月四日から右土地明渡し済みに至るまで一か月一万四、二八三円の割合いによる金員を支払え(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件関係)。(3)湘南興産の矢野雅之及び松屋に対する請求を棄却する(第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件関係)。(4)訴訟費用は第一、二審とも湘南興産の負担とする。」との判決並びに右(2)項の請求につき仮執行の宣言を求め、昭和五二年(ネ)第一、四七九号事件につき、控訴棄却の判決を求め、第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号本訴の請求原因並びに第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号反訴に対する答弁として、

一  本件(三)の土地を含む別紙第一物件目録記載の宅地328.30平方メートルは、もと訴外小林正種の所有であつたが、矢野雅之の父安市が昭和三〇年ころ本件(三)の土地の上に本件(二)の建物を建築し、同建物につき昭和三三年八月七日付で所有権移転登記を経由した。

ところで、右訴外人は、昭和四四年三月一二日死亡し、同訴外人の権利義務一切を相続した訴外小林万寿が、昭和四六年一二月二四日別紙第一物件目録記載の宅地全部を相続税のために物納し、昭和四八年一月一八日安市が国からその払下げを受け、同月二五日矢野雅之が安市から買い受け、同月三〇日その旨の所有権移転登記を経由して、現にこれを所有している。

一方、本件(二)の建物については、安市において昭和三五年六月二四日訴外株式会社平和相互銀行のために根抵当権を設定し、該根抵当権が実行された結果、湘南興産が昭和四八年九月四日競売によつて本件(二)の建物の所有権を取得し、爾来これを所有することによつて本件(三)の土地を占有し、その所有者たる矢野雅之に対して賃料一か月一万四、二八三円相当の損害を与えている。

よつて、矢野雅之は、湘南興産に対して、本件(三)の土地の所有権に基づき、本件(二)の建物を収去して同土地の明渡しと、昭和四八年九月四日から右土地明渡し済みに至るまで一か月一万四、二八三円の割合いによる損害金の支払を求めるため、本訴に及ぶ。

二  湘南興産主張の後記本訴の抗弁並びに反訴の請求原因事実のうち、安市が訴外小林正種から別紙第一物件目録記載の宅地を賃借したこと、湘南興産が別紙第一物件目録記載(一)の土地(以下単に「本件(一)の土地」という。)及び本件(三)の土地につき借地権を有すること、また、松屋の本件(一)の土地の占有が不法占拠であることを否認し、その余の主張事実は認める。

(1)  訴外小林正種から別紙第一物件目録記載の宅地を借り受けたのは、株式会社丸安であつて、安市個人ではない。

(2)  仮りに安市個人が借り受けたとしても、該借地権は、前叙のごとく同人が当該宅地の所有権を取得したため、混同によつて消滅に帰したものというべきである。湘南興産は、民法一七九条一項但書の類推適用によつて借地権は消滅しなかつたと主張するが、訴外株式会社平和相互銀行の有していた根抵当権の目的物件は、本件(二)の建物であつて、本件(三)の土地そのものではないのであるから、同条項の類推適用される余地はないものというべきである。

三  また、松屋は、昭和五〇年二月一六日本件(一)の土地をその所有者たる矢野雅之から建物所有の目的で賃料一か月一万四、四六一円と定めて賃借し、その上に別紙第二目録記載(一)の建物(以下単に「本件(一)の建物」という。)を建築し、該建物につき同年四月二二日所有権保存登記を経由したので、右借地権をもつて湘南興産の建物収去・土地明渡しの反訴請求に対抗する。

と述べ、証拠〈省略〉

昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件被控訴人・同年(ネ)第一、四七九号事件控訴人(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件被告・第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件原告)訴訟代理人は、昭和五二年(ネ)第一、四九四号事件につき、控訴棄却の判決を、同年(ネ)第一、四七九号事件につき、「(1)原判決中湘南興産敗訴の部分を取り消す。(2)矢野雅之の請求を棄却する(第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号事件関係)。(3)湘南興産と矢野雅之との関係において湘南興産が本件(一)及び(三)の土地につき賃料一か月二万二、五二一円、支払期日毎月末日払いとする賃借権を有することを確認する。(4)松屋は湘南興産に対し別紙第二物件目録記載(一)の建物(以下単に「本件(一)の建物」という。)を収去して本件(一)の土地を明け渡し、且つ、昭和五〇年四月七日から右土地明渡し済みに至るまで一か月一万五八七円の割合いによる金員を支払え(第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号事件関係)。(5)訴訟費用は、第一、二審とも矢野雅之及び松屋の負担とする。」との判決並びに右(4)項の請求につき仮執行の宣言を求め、第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号本訴に対する答弁並びに第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号反訴の請求原因として、

一  矢野雅之主張の請求原因事実のうち、本件(三)の土地の賃料相当額の点は否認するが、その余の主張事実は認める。右の賃料相当額は、一か月一万一、九三四円である。

二  安市は、昭和二八年一〇月ころ訴外小林正種から別紙第一物件目録記載の宅地全部を建物所有の目的で賃借し、その賃借権に基づいて本件(三)の土地の上に本件(二)の建物を建築し、同建物につき昭和三三年八月七日所有権保存登記を経由したのである。

(1)  もつとも、前叙のごとく、安市は、昭和四八年一月一八日本件(三)の土地を含む別紙第一物件目録記載の宅地全部の所有権を取得したけれども、これより先の昭和三五年六月二四日同人が本件(二)の建物につき訴外株式会社平和相互銀行のために根抵当権を設定したことにより、民法一七九条一項但書の規定の類推適用上、右借地権は、混同によつて消滅することなく存続し、昭和四八年九月四日湘南興産が前叙のごとく本件(二)の建物を競落したことにより、湘南興産は、その敷地たる本件(三)の土地の賃借権を安市から承継取得するに至り、しかも、同月五日本件(二)の建物につき湘南興産のために所有権移転登記が経由された。もつとも、湘南興産は、安市から前記借地権を承継取得するにつき貸主たる矢野雅之の承諾を得てはいないが、昭和四八年一〇月二七日借地法九条の三の規定に基づき、東京地方裁判所に矢野雅之を相手方として借地権譲渡の承諾に代わる許可を求める旨の申立てをなし、該申立ては、同年(借チ)第三、〇三一号事件として同庁に現に係属中であるので、該借地権をもつて矢野雅之の建物収去・土地明渡等の本訴請求に対抗する。

(2)  仮りに、訴外小林正種から別紙第一物件目録記載の宅地を賃借したのは、安市個人ではなくて株式会社丸安であつたとしても、(イ)株式会社丸安は、安市の経営する個人会社であつて、実質的には安市と同一人格であるとみるべきであるから、本件に関する限り、同社の法人格を否認し、安市を本件(三)の土地の賃借人として取り扱うべきであり、(ロ)また、株式会社丸安が借地人だとすれば、安市は、訴外小林正種に無断で本件(二)の建物を建築して別紙第一物件目録記載の宅地を不法に占拠していたことになるが、前叙のごとく安市が後に国からその宅地の払下げを受けたことにより、右訴外人が安市に対して有していた本件(三)の土地に関する妨害排除請求権は、消滅するに至つたのであるから、爾後矢野雅之においてそれを承継取得し得るいわれはなく、(ハ)さらに、矢野雅之の本訴請求は、同人が父安市において本件(二)の建物を無断建築して前記宅地を不法に占拠していた事実を知悉しながら、一旦同建物が競売に付されるや、安市の意を受け、右宅地全部を一、三〇〇万円という低廉な価格で買い受けたうえで、建物競落人たる湘南興産に対し、当該競落建物が無断建築にかかる故をもつてその敷地の明渡しを求めるものであるから、まさに、権利の濫用であるといわなければならない。以上何れの理由によつても、別紙第一物件目録記載の宅地の賃借人が株式会社丸安であつて安市個人ではないとしても、そのことによつて湘南興産の本件(三)の土地の賃借権に消長を来たすものではない。

三  なお、本件(一)の土地は、もともと一筆の土地である別紙第一物件目録記載の土地の一部であつて、安市が本件(三)の土地の上に倉庫として建てた本件(二)の建物への通路兼自動車置場として使用されてきたものであり、この土地を除けば本件(二)の建物の使用価値は半減するものというべく、現に、前記競売事件においても、同土地が本件(三)の土地と一体となつて本件(二)の建物の敷地を構成するものとして同建物の価額評価が行なわれたことに徴しても、湘南興産は、前叙のごとく本件(二)の建物を競落したことにより、本件(三)の土地のほか、本件(一)の土地についても、安市からその賃借権を承継取得するに至つたものというべきである。そして、本件(一)及び(三)の土地の賃料は、一か月二万二、五二一円(本件(一)の土地につき一平方メートル当り一か月一三六円、本件(三)の土地につき一二七円)、毎月末日払いの約である。

四  また、松屋は、不法にも昭和五〇年四月七日本件(一)の土地の上に本件(一)の建物を建築し、爾来これを所有することによつて右土地を占有し、湘南興産に対して賃料一か月一万五八七円(一平方メートル当り一か月一三六円)相当の損害を与えている。

なお、松屋がその主張のように本件(一)の土地を昭和五〇年二月一六日矢野雅之から賃借したとしても、前叙のごとく、湘南興産がそれよりさきの昭和四八年九月五日本件(二)の建物について所有権移転登記を経由してその敷地たる本件(三)及び(一)の土地の賃借権について対抗要件を具備したのであるから、松屋は、右借地権をもつて湘南興産に対抗することができない。

また、仮りに、右の主張にして理由がないとしても、松屋の代表取締役矢野幸子と矢野雅之とは、安市の実子で、しかも、松屋の実質上の経営者は、矢野雅之本人であるところ、松屋は、湘南興産が前叙のごとく本件(二)の建物の競落によつて本件(一)及び(三)の土地につき借地権を取得したことを知悉しながら、矢野雅之から右(一)の土地を賃借したのであるから、背信的悪意の借地権取得者として、その借地権をもつて湘南興産に対抗することはできない。

以上叙説の理由により、湘南興産は、矢野雅之の本訴請求に応ずることはできず、却つて、反訴として、矢野雅之との関係で湘南興産が本件(一)及び(三)の土地につき賃料一か月二万二、五二一円、支払期日毎月末日の約の賃借権を有することの確認を、また、本件(一)の土地の賃借権に基づき、松屋に対して本件(一)の建物を収去して右土地の明渡しと昭和五〇年四月七日から右土地明渡し済みに至るまで一か月一万五八七円の割合いによる賃料相当の損害金の支払いを求める。

と述べ、証拠〈省略〉

理由

第一まず第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号矢野雅之の湘南興産に対する本訴請求について判断する。

本件(三)の土地は、矢野雅之の所有であり、湘南興産が昭和四八年九月四日からその上に建在する本件(二)の建物を所有することによつて同土地を占有していることは、湘南興産の認めて争わないところである。

そこで、湘南興産主張の抗弁について検討する。

本件(三)の土地を含む別紙第一物件目録記載の宅地328.30平方メートルは、もと、訴外小林正種の所有であつたが、矢野雅之の父安市が昭和三〇年ころ本件(三)の土地の上に本件(二)の建物を建築し、同建物につき昭和三三年八月七日付で所有権保存登記を経由したこと、ところで、右訴外人は昭和四四年三月一二日死亡し、同訴外人の権利義務一切を相続した訴外小林万寿が、昭和四六年一二月二四日別紙第一物件目録記載の宅地全部を相続税のために物納したところ、安市が昭和四八年一月一八日国からその払下げを受け、さらに、矢野雅之が同月二五日安市からこれを買い受けて同月三〇日その旨の所有権移転登記を経由し、前叙のごとく、矢野雅之が現にその所有権者であること。一方、本件(二)の建物については、安市が昭和三五年六月二四日訴外株式会社平和相互銀行のために根抵当権を設定し、該根抵当権が実行された結果、湘南興産が昭和四八年九月四日競売によつて右建物の所有権を取得し、爾来前叙のごとく同建物を所有することによつて本件(三)の土地を占有していることは、いずれも、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、安市は、昭和二八年一〇月ころ訴外小林正種から別紙第一物件目録記載の宅地全部を建物所有の目的で期間二〇年、賃料一か月二、七〇〇円、毎月末日払いの約で賃借し、その賃借権に基づいて、前叙のごとく本件(三)の土地の上に本件(二)の建物の建築したことが認められ、右認定に反する原審及び当審証人矢野安市の証言は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を覆えして賃借人が安市ではなくて株式会社丸安であるとする矢野雅之の主張事実を認めるに足る証拠はない。

ところで、特定の土地につき所有権と賃借権とが同一人に帰属するに至つた場合であつても、その賃借権が対抗要件を具備したものであり、かつ、その対抗要件を具備した後において、右土地に抵当権が設定されていたときは、民法一七九条一項但書の規定の準用により、賃借権は、消滅しないものというべきである(最高裁判所昭和四六年一〇月一四日第一小法廷判決、民集二五巻七号九三三頁参照。)が、このことは、右土地そのものに抵当権が設定されていたのではなく、右土地の上に建在する建物について抵当権が設定されていた場合においても、そのまま妥当するものと解するのが相当である。蓋し、民法一七九条一項但書の規定は、相対立する二個の法律上の地位が同一人に帰属するに至つた場合においても、これら二個の法律上の地位を本人又は第三者の利益のために従前どおり存続させておく必要があるときは、それら二個の法律上の地位を混同によつて消滅させないという決意に基づくものであるところ、建物を所有するために必要な敷地の賃借権は、当該建物の所有権に付随し、これと合体して一つの財産的価値を形成しているものであるから、借地上に建在する建物に抵当権が設定された場合、敷地の賃借権は、借地権留保等特段の事情がない限り、その抵当権の効力の及ぶ目的物に包含されるものであり(最高裁判所昭和四〇年五月四日第三小法廷判決、民集一九巻四号八一一頁参照。)、土地そのものに抵当権が設定されていた場合と同様、同一人に帰属するに至つた土地の賃借権と所有権の一方又は双方を従前のまま存続させておく必要があるからである。

いま、本件についてこれをみるのに、前記認定のごとく、安市は、訴外小林正種から借り受けていた本件(三)の土地を含む別紙第一物件目録記載の宅地全部につき所有権を取得するに至つたが、これよりさき、同人が本件(三)の土地の上に建築した本件(二)の建物につき所有権移転登記を経由して該賃借権に対抗要件が具備された後、右建物について訴外平和相互銀行のために根抵当権を設定したので、少なくとも、その敷地たる本件(三)の土地に関する限り、右賃借権は、混同によつて消滅することなく存続していたものというべきである。そしてまた、借地の上に建在する建物の所有権が競売によつて競落人に移転した場合、建物の敷地の賃借権は、土地所有権者に対する対抗問題の点はしばらくおき、権利移転の当事者たる建物の従前の所有権者と競落人との関係においては、借地権留保等特段の事情がない限り、建物の所有権とともに競落人に移転する(大審院昭和二年四月二五日民集六巻一八二頁、前掲最高裁判所昭和四〇年五月四日第三小法廷判決参照。)ところ、右の特段の事情の認められない本件において、湘南興産は、前叙のごとく昭和四八年九月四日本件(二)の建物を競落したことにより、その敷地たる本件(三)の土地の賃借権をも安市から承継取得したものというべきである。

しかし、右借地権の承継取得につき貸主たる矢野雅之の承諾を得ていないことは、湘南興産の認めて争わないところであるから、湘南興産は、本件(二)の建物にき所有権移転登記を経由したからといつて直ちに、該賃借権をもつ矢野雅之に対抗することは許されないといわなければならない。この点について、湘南興産は、前叙のごとく諸種の特殊事情を挙示し、そのような事情の下では、矢野雅之が右賃借権の承継取得につき承諾のないことの故をもつて湘南興産の取得した右賃借権の効力を否定するがごときは権利の濫用であつて許されないと主張し、恰かもかかる場合には承諾がなくても承継取得した賃借権をもつて矢野雅之に対抗することができるようにいう。ところが、借地法は、このような場合に備えて承諾に代わる許可という特別の制度を設け、第三者が借地の上に建在する建物を競売によつて取得しても、賃貸人たる土地所有権者においてその賃借権の譲渡を承諾しないとき、裁判所は、一定期間内における建物競落人の申立てに基づき、諸般の事情を勘案したうえで、賃貸人の承諾に代わる許可を与えるかどうかの裁判をすることとしている(同法九条の三参照。)。こうした法律制度の下においては、建物競落人は、賃貸人が承諾を与えないことが権利の濫用であるというようなことを、右の手続以外の方法で主張することは許されないのであつて、湘南興産の右権利濫用の抗弁は、採用に由ないものというべきである。

ところで、湘南興産が昭和四八年一〇月二七日矢野雅之を相手どり東京地方裁判所に借地法九条の三の規定による譲渡許可の申立てをなし、該事件が同庁に同年(借チ)第三、〇三一号事件として係属していることは、当事者間に争いがない。そして、湘南興産は、右申立てに係る許可の裁判が確定することにより、はじめて、本件(三)の土地の賃借権につき対抗力を具備することとなるのであるが、右裁判の確定前であつても、矢野雅之は、湘南興産の右賃借権を無視して建物収去、土地明渡し等の請求に出ることは許されないというべきである。何となれば、借地法九条の三の立法趣旨が敷地利用権の安定を図ることにあるのは疑いを容れないところであり、若し、同条の規定による申立てがなされた場合であつても、譲渡許可の裁判が確定するまでの間、賃貸人たるべき土地所有権者が建物競落人の敷地使用を無権原のものとして建物収去、土地明渡し等の請求をなし得るものとすれば、建物競落人は、後に譲渡許可の確定裁判を得たとしても、原状の回復等に困難をきたし、事実上敷地賃借権を失うに至ることもあり得るので、同条の裁判手続進行中は、建物競落人の敷地使用は、違法性を欠き、賃借人たるべき土地所有権者が建物収去、土地明渡し等の権利を行使することは許されないものと解するのが相当であるからである。

それ故、本訴において、湘南興産は、矢野雅之に対し、直ちに本件建物収去、土地明渡し等の請求に応ずる義務はないものというべきである。しかし、湘南興産が譲渡許可の申立てを棄却又は却下する裁判が確定し若しくは申立ての取下げによつて事件が終了することを停止条件として右の義務を負うことは、否定し得ないところであり、矢野雅之の湘南興産に対する本訴請求がかかる条件付請求を含んでいることは、記録に徴して明らかである。

そして、〈証拠〉を総合すれば、本件(三)の土地の昭和四八年九月以降における賃料の額は、一か月一万一、九三四円(一平方メートル当り一二九円)であると認めることができる。

以上叙説の理由により、矢野雅之の湘南興産に対する本訴請求は、前記借地非訟事件に係る申立てを棄却又は却下する裁判が確定し又は申立ての取下げによつて事件が終了することを条件として、本件(二)の建物を収去して本件(三)の土地を明け渡し、且つ、湘南興産が右建物を競落取得した日である昭和四八年九月四日から右土地明渡し済みに至るまで一か月一万一、九三四円の割合いによる賃料相当の損害金の支払いを求める限度において正当であるのでこれを認容し、その余は失当として棄却することとする。

第二次に第一審昭和五〇年(ワ)第七、二〇〇号湘南興産の矢野雅之に対する反訴請求及び松屋に対する請求について判断する。

湘南興産が本件(二)の建物を競売で取得したことによりその敷地である本件(三)の土地の賃借権を安市から承継取得したこと、ところで、土地所有権者である矢野雅之の承諾がないため、湘南興産は、右賃借権をもつて同人に対抗し得ないが、同社が昭和四八年一〇月二七日矢野雅之を相手どり東京地方裁判所に借地法九条の三の規定による譲渡許可の申立てをなし、該事件が現に同庁に同年(借チ)第三、〇三一号事件として係属していることは、いずれも、さきに第一審昭和四八年(ワ)第九、八七四号本訴請求事件において認定したとおりであり、将来譲渡許可の申立てを認容する裁判が確定すれば、本件(三)の土地の賃借権は、その対抗力を具備し、湘南興産は、右賃借権をもつて矢野雅之に対抗することができることとなり、湘南興産の矢野雅之に対する反訴請求がかかる条件付請求を含んでいることは、記録に徴して明らかである。

なお、湘南興産は、本件(二)の建物を競落したことにより、本件(三)の土地のほか、本件(一)の土地についても賃借権を取得したと主張し、そのことを前提として、矢野雅之との関係で、本件(一)の土地についても賃借権を有することの確認を、また、松屋に対しては、本件(一)の土地の賃借権に基づき同土地の明渡しと損害金の支払いを求めている。そして、前叙のごとく、建物の競落人が敷地の賃借権を取得し、しかも、借地法九条の三所定の承諾に代わる許可によつて当該賃借権が敷地所有権者に対しても対抗力を具備するに至るのは、敷地所有権者の意思によるのではなく法の強制によるものであるとはいえ、所詮、建物競落人をしてその建物の所有を完からしめんとする法意に出たものであるから、建物競落人が承継取得すべき敷地賃借権の範囲は、必らずしも、建物の所有に必要な敷地のみに限定されることなく、当該建物を建物として利用するに必要な限度においては、敷地以外の土地にも及び得るものと解するのが相当である。

しかし、〈証拠〉によれば、本件(二)の建物は、一階が車庫、二階が寮であつて、一階車庫の出入口は、西側の公道に面するところに設けられており、また、二階の寮には安市の経営する株式会社丸安の季節外れの衣類が保管されていたが、本件(一)の土地がこれら商品のトラツクへの積み下ろしのために使用された事実はなかつたこと、本件(一)の土地は、もともと、安市において建物を建てるた空地のままにしていたものであり、現に、松屋が昭和五〇年四月その上に本件(一)の建物を建築し、これを使用していること(この点は、当事者間に争いがない。)が認められ、〈る。〉

それ故、本件(一)の土地が本件(二)の建物を建物として利用するに必要な土地であると認めることはできず、本件(二)の建物を競落したことによつて本件(一)の土地につき賃借権を取得したことを前提とする湘南興産の前記請求は、いずれも、その余の点についての判断を待つまでもなく、前提そのものにおいて失当であつて肯認するに由ないものというべきである。

以上叙説の理由により、湘南興産の矢野雅之に対する反訴請求は、湘南興産が本件(三)の土地につき前記借地非訟事件について申立てを認容する裁判が確定することを条件として賃借権を有する(なお、この場合、賃借権の内容は、当事者双方の利益の衡平を図る必要があるところから、必らずしも従前のそれによることなく、前記借地非訟事件の受訴裁判所が決定するのを相当とする。)ことの確認を求める限度において正当であるのでこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、また、湘南興産の松屋に対する請求は、すべて、その理由がないのでこれを棄却すべきである。

第三よつて、湘南興産の本件控訴は、理由がないので、本判決主文一のとおり、これを棄却することとし、矢野雅之及び松屋の本件控訴に基づき、原判決中湘南興産の矢野雅之に対する反訴請求につき本件(三)の土地の賃借権の内容を決定し、本件(一)の土地についても賃借権を有することを確認し、また、湘南興産の松屋に対する請求の一部を認容した部分は、失当であるので、これを本判決主文二のとおりに変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

なお、矢野雅之は、湘南興産に対する本訴請求中金員支払いの点につき仮執行の宣言を求めているが、該宣言をすることは相当でないので、これを附さないこととした。

(渡部吉隆 柳沢千昭 中田昭孝)

(別紙) 第一、第二物件目録〈省略〉

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